旅の途中で

優しさの古城

2017/12/12

その城は山中にあった。

最寄り駅から歩いて一時間。僕の持つ旅のガイドブックにも、そのアクセスの悪さからか半ページにも満たない扱いで、写真は一枚きりだった。

でもその小さな記事の写真に写る、素晴らしい姿。
周りの深い森の緑と、そこに茶色の石造りの城壁がそびえたつコントラスト。
その優美かつ重厚な佇まい。

僕はその写真にどうしようもなく魅せられてしまった。絶対に訪れようと決めていた場所だ。

 

 

小さな駅を降り、城への標識に従って歩き出す。
バックパックには一か月分の生活の荷物。ずっしりと重みがあるけれど、初秋の朝の空気は気持ちがよくてそれを忘れさせてくれる。
僕はリンゴをかじりながら、村を抜けて続く道をゆく。

 

青い空と、おとぎ話に出てくるような家々。
道端には小さな石造りのキリストの像。日本のお地蔵さんの様にこじんまりと祠に収まっている。

小さな子供を連れたおばあさんが話しかけてきて、僕にブドウの房を手渡してくれる。
この国の言葉は僕にはわからないけれど、食べなさいと言ってくれているみたい。
優しい笑顔は僕の心に温かく染みわたる。心からお礼を言って、ありがたく頂いた。

 

やがて道は村から外れ、川沿いを歩き、山道に変わった。
でっかいパックを担いで山歩きは結構しんどい。朝晩はともかく、日中は汗が噴き出してくる。

山道、あんまり長くないといいなぁ…
誰ともすれ違わない道を、一人黙々と歩く。

と、深い森の木々の間に、城の尖塔らしきものがちらと見えた。
まだ先だけど、あれこそ目指す城に違いない!やった!たどり着いた!!

 

やがて姿を現した、その威容。
ひっそりと森の中に佇む、難攻不落の中世の城。

僕は立ち止まって見惚れた後、半分駆け足になった。
相変わらず道は上下を繰り返しているけど、見えてきた勇ましいその姿に、僕は我を忘れた。

 

 

城門の入り口で入城券を買って入る。
旅行者はかなり少ない。車なら結構楽に来れるはずだけど、平日だからか。

 

ゆっくりと僕は歩き出す。胸が高鳴ってきた。
城内へ誘う、石畳の坂道。

その昔、甲冑に身を包んだ騎士たちが、馬で進んだであろう道。
陽光を受けて光り輝く鎧、腰に吊るした長い剣。勇み立つ軍馬のいななき。

あぁ、僕はその道を今、同じように歩いてゆく。一人の騎士になった心持ちで。

 

++

 

城にはガイド付き無料案内ツアーがあった。
言語はいくつかあったけど、日本語はない。
次のツアーは、国語であるドイツ語だ。英語のツアーには時間がある。

ま、言葉は分からなくても雰囲気は伝わってくるし、遺物や建物を見るだけでも十分興奮できるしな。
英語ツアーを待たずに、ドイツ語ツアーに決めた。

 

集合時間になり、人数が集まった。
総勢8人ほど。たぶん僕以外はドイツの人たち。当たり前か。

ガイドさんは、眼鏡をかけた若いお姉さんだった。
彼女は僕を一瞬見て何か言いかけたけど、そのまま全員の引率を始めた。

 

ツアーが始まって二つ目の部屋に入ったとき、彼女は話しかけて来た。
ドイツ語で。

ちんぷんかんぷんな僕は、英語でわかりませんと答える。
と今度は英語で訊いてきた。

「英語のツアーもあるのよ。知らなかったの?」

 

うん、知ってました。でも時間がまだ先だし、何となくは分かるだろうなと思って。
大丈夫です。お気になさらず続けて下さい。

 

彼女は少し考えてから、他のツアー客に言った。

「ここにアジアからの旅人がいます。彼は時間の都合でドイツ語の私のツアーに参加しています。でも彼は全くドイツ語を解さないんです。」

「みなさん、私がみなさんにドイツ語でガイドするのと並行して、彼に英語で説明するのを許して頂けますか?」

 

彼女の提案を聞いた参加者は、みんな笑顔でもちろん、と言ってくれた。
遠い所からよく来たね、一人旅なのかい?ようこそドイツへ!

 

こんな映画みたいな展開に、僕は単純に感激してしまった。
ガイドのお姉さんの親切とプロ意識に、ドイツの人たちの温かさに。

「せっかく遠い日本から、こんな山の中の城へ来てくれたんだもの。精いっぱいガイドさせてもらうわよ。」

そう言ってにっこりとほほ笑んでくれた。

 

あぁ、そうか。僕がたどり着いたここは。

優しさの城だ。

「さあ、次の部屋へ行きましょう。先にみなさんに説明して、次に英語で君に説明してまわるからね。」

 

 



 

*この記事は現在パリに在住のブロガーParis-nowさんの記事を見て、僕の記憶の底から救い出されました。
Paris-nowさんは「パリの生の声」を素敵な写真と共に、今のパリからアップされ続けておられる方です。

そんなParis-nowさんがドイツを旅して、訪れられたお城の記事はこちらです。
https://ameblo.jp/levagabond/entry-12335175357.html?timestamp=1513068565

優しい思い出を、本当にありがとうございます。
旅好きなParis-nowさんに敬意を表して。

 

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