旅の途中で

酔いどれ天使

2018/06/11

成田からの便は、午後にフランクフルトに到着した。

旅行初日の緊張の中、空港から街へ踏み出す。嗅いだことのない匂い。初めてのヨーロッパ。
ふらふらと一人散策したあと、予約していたユースホステルへ向かった。
チェックインカウンターは若い外国人が数人並んでいた。

 

金色の髪、濃い、あるいは薄い色の肌、聞こえてくる早い英語の会話…
映画の中じゃない、ホントの外国。

たどたどしくチェックインを済ませ、部屋にザックを置く。二段ベッド二つの四人部屋だけど誰もいない。ぽつんと荷物だけが置かれている。持ち主はどんな人達なんだろ…

 

とりあえず食事をしようと部屋を出ると、カウンター前で二人の日本人の女の子と目が合った。
20歳過ぎ位、かな。いかにも活発そうな子と、少しおとなしい感じの子。

 

「今晩は。お一人ですか?」

僕が持ってる『地球の歩き方』を見ながら、活発そうな方が話しかけてきた。
少し驚いたけど、一人で大いに不安だった僕は二人がチェックインするのを待つ間少し話をし、結果三人で食事に行くことになった。

 

三人での食事は、何を食べたか覚えていない。ドイツ一回目の記念すべき食事は、緊張と、日本から遥か離れたヨーロッパで出会った子達とのそのシチュエーションで、味わう余裕がなかった様に思う。
日本で知らない子に、こんな風に話しかけて食事するなんてこと自分には無理だしね。

ご飯を食べながら自己紹介して、旅に出た経緯やこれからの予定を話す。二人とも初めてのドイツ、女の子二人で不安だったらしい。同郷人で緊張も和らいだのか、おとなしい方の子も活発な方に負けないくらい話し続けて少し驚いた。

意気投合した僕らは、二軒目にバーに行ってみようということになった。三人になり、少しだけ心強くなってた。

 

++

 

僕らが選んだ店は、暗い階段を下に降りていった先にあった。ドアを開けて中を見渡す。
店内はカウンターにいすが10脚ほど。奥には丸テーブルが三つ。階段と同じくらい薄暗い照明で、カウンターが一番光量がある。

そのカウンターの中央に、中年の女性のマスターと初老の男性がいて話し込んでいた。お客はその男性だけらしい。
二人はゆっくりと僕ら三人を見る。

 

マスターの女性は、僕らを見て一瞬ハッとしてからすぐ笑顔になり、僕らを手招きした。

唯一のお客の男性は、大袈裟に両手を広げて笑顔で何か言ったが、マスターに何かを言われて「ウェルカーム」と言い直した。

にこやかな二人に迎えられ、僕と連れの二人は横並びにカウンターに座った。

 

++

 

アップルワインはフランクフルトの名物酒だそうだ。マスターはリンゴを使ったそのワインを、専用のグラスに並々と注いでくれる。本当に並々と。
甘すぎず、爽やかなリンゴの香りがとても美味しい。一杯目のビールの後には、みんなの前にそれが出されていた。

 

マスターと男性は、英語もイマイチな三人相手にうんうんと頷きながら話を聞いてくれ、男性はそのつどオーバーなリアクションを返してきた。
それが楽しくて、またみんなが笑う。

お酒の勢いもあって、ずっと感じていた一人旅初日の緊張は、この初めて会った人たちへの親愛の情に変わっていった。

 

「ところでお前さん、英語はまだまだだが発音がいい。とても聞きやすい。声もいいな!」

ろれつの怪しい酔いどれの男性は、そう言って僕の肩をバンバンと叩いた。

 

 

一か月間のバックパックの旅。
言葉は全然、宿も決めてない。行先もミュンヘン以外は決めず、知ってる人はまさにこのバーにいる四人だけ。

でも結構酔ってたけど、今でもはっきりと憶えている。
この酔いどれた男性の言葉で僕は「旅していける」と確信した。

 

全部初めての、全然知らない国。
日本にいたときは、TVや映画でしか知らなかった国。今まで僕が存在しなかった国。

なら何でもゼロから始められる。どこにでも行ける。
見たい場所、知りたい歴史、これから出会う人たち。

全部自分で全てを決める。この異国で、僕は完全に自由だ!

何でも見る、何でも聞いて、何でも味わってやる。
そして失敗したら笑ってやろう。目の前の、この人みたいに。

 

「さあさあ!明日からみんな旅立つんだ。このうまいアップルワインでもう一度乾杯しようじゃないか!!」

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