旅の途中で

雨咲華

夕方の北京市内の大通りは渋滞の車でごった返し、ひっきりなしにクラクションが鳴り響いている。

 

土砂降りだった雨は今はほぼ止んでいるけど、真っ暗な空からは今にもまた粒が落ちてきそうだ。
中国の旅初日。晩御飯にとジャージャー麺をお腹いっぱい食べてホテルに戻る途中。

濁流のような車道の上には、四方に脚を伸ばして陸橋が架かっている。
僕の泊まるホテルは、道を渡ってさらに向こう側だ。雨が止んでいる今のうちにたどり着きたい。

 

急ぎ足で陸橋を降り切った時、ふと後ろに人の気配がした。
振り返ると橋脚の真下、ゴミが大量に捨てられたうす暗い場所に人がいた。

 

真っ白なブラウスと長い黒髪の女の子。
一瞬白い花が咲いているように見えた。でもその服も髪も雨でずぶ濡れだった。そして僕に気づいて驚く瞳は涙に濡れていた。

たぶんまだ20歳にもなっていない。あどけなさを残す顔には化粧も何もせず、服装も飾り気を感じない。

 

でも。ーきれいな目。
うす暗い場所なのに、瞳に一杯にたまった涙や頬を伝って流れた跡まで見える。

一人で泣いていたのかな。
僕を見て驚いた顔のまま彼女は動かない。僕も彼女を見つめたまま。

そのまわりで、止んでいた雨がまた強く降り出したのがわかった。

 

 

「どこか痛いの?大丈夫?」

彼女は動かない。僕の下手な英語が分からないのかも知れないし、話せないのかも。
身振りで訊いてみても反応はない。

外国人に突然声かけられて、怖いよな。
うん、そっとしておこう。

僕は背を向けて行きかける。行きかけてもう一度振り返って見てみると、少女はまだ僕を見いていた。また目が合う。

 

「…」

愛想笑いをしながら僕はゆっくり近づいて、ポッケのハンカチを彼女に差し出す。
僕を見ながら反応がない彼女に、涙を拭くしぐさをして見せて再び差し出すと、おずおずと受け取ってくれた。

僕は怯えさせないようにちょっと微笑んでから背を向け、ホテルに向けて歩き出した。

 

相変わらず雨は本降りだ。
濡れた彼女が風邪をひかなければいいけれど。

-旅の途中で