旅の途中で

忘れえぬ、旅人

2017/10/18

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もう十年以上前の話。

どこの町だったかは忘れたけど、ヨーロッパの小さな町の、小さなY.Hだった。
僕は一泊した後、チェックアウトするために一階のレセプションに降りた。
時間もブランチするくらいの時間帯。受付はチェックアウト連でにぎわっていた。

そんな中に、その人はいた。

日本人だ。直感的にそう思った。
歳はたぶん60をまわっている。小さい、小柄な身体。背筋も真っ直ぐでなく、少し前に曲がっている。
半袖シャツに半パンでサンダル。肌はよく日に焼けている。
足元には彼の半身よりよほど大きいパック。
レセプションは様々な国の若者たちが、ワイワイ順番を待っている。
そんな中、彼は静かに微笑みながらまっすぐ前を向いている。

僕は彼から目を離せない。
頭の中では彼へのいろんな憶測や感情がぐるぐる回ったけれど、話しかけられない。
普通なら子供さんにお孫さんもいて、旅行ならシルバームーンとかなんとかで優雅に旅したりする年齢だな。間違っても独りでY.Hに泊まったりはしないよな…

…でもこのおじいちゃん、すごくいい顔してるな。しわで一杯の顔が、なんていうか堪らなくカッコいい。どんなことが起こっても、きっとそのしわみたいに、自分の中に刻んで生きていくって気概を感じる。

旅人なんだ。

僕は彼が英語でチェックアウトする声を聴きながら、そう思った。
駆け出しの僕とは比べものにならないくらい色んな場所を旅して、色んな経験をして。
ここを出て、次の場所、次の経験を見つけに行くんだ…

僕が彼の小さな背中を見ながら考えていると、手続きを済ませた彼が振り向いて目が合った。

「BYE」

そう言ってニッと笑い、彼は僕の横を歩き去った。

話しかけもせず、ただ想像していただけの僕には彼が本当は何者かはわからない。
天涯孤独のパッカーなのか、家に戻ればたくさんの子供や孫たちのいる好々爺なのか、あるいはたまに酔狂したくなる大会社の会長なのか…

どれだっていいな。うん。

彼の静かに順番を待つ姿は、僕には文句なくかっこよかった。
僕の横を歩き去った彼と、いつかまたどこかで会えるといいな。
その時まで、僕もちゃんと旅人でいよう。

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