朝のごちそう
今朝はどこかの食堂で食べよう。
泊まっている宿の周辺には、たくさんの小さな食堂がある。一般的なお店から、パラソルを三つほど出しただけの所まで様々。寒くなることがないので、どこもドアなどはなく開放的だ。
昨日の、あそこにしようか。
宿から徒歩五分。昨晩宿へ戻るときに賑わっていた通り沿いのお店。
美味しそうに麺を食べる客の姿が、僕の目に焼き付いていた。一度はここで、と心に決めた店。
表からのぞくと、店内は小さなテーブルと赤いプラスチック?の椅子がいくつも並んでいる。
まだ少し早いからか、先客はいない。店員も。
「すいませーん。」
店の奥に声を投げると、ガタガタと音がして中学生位の女の子が出てきた。
彼女は僕を見るとメニューを持ってきて、静かにテーブルの上に置いた。そのまま何も言わず注文を待っている。
メニューには現地語の他に英語と、料理の写真も載っている。
僕は麺の欄を見て、牛肉の乗ったbeef noodleをオーダーする。彼女は小さく静かにうなずいて、また何も言わず奥に戻る。
…もしかしたら、話すことが出来ない子なのかな。
動かない表情と、年齢にそぐわない落ち着いた動きを見て一瞬そう思ったのだけれど、奥で誰かに話しかける彼女の声と母親らしき女性が見えた。
店の奥は調理スペースになっている。母親と女の子は、横並びで下を向いて調理を始めた。
母親は自分の手を動かしながら、隣の娘の動きを見ては話しかける。どうやら調理の仕方を彼女に教えているようだ。
麺の入った器を隣の娘に渡すのが見え、受け取った彼女が真剣な眼差しでそれに手を加え始める。多分トッピングしている。
やがて完成したらしく、器の乗ったおぼんをゆっくりゆっくり運んできて僕の前に置いた。
「おぉ!」
美しく盛り付けられたその姿に、思わず声が出た。
ほんのりピンク色に湯がかれた牛肉と、ガーリックチップ、たっぷりの香草と天辺にライムが乗っている。ものすごく食欲をかきたてる香り。
彼女はすぐに戻ってしまった。ライムを絞り、僕は食べ始める。
肉はすごく柔らかく、香草の香りが気持ち良く口から鼻に満ちる。スープはじんわりと優しく胸に広がっていくような味。
これなら昨晩、人が多かったのもうなずける。
けど僕は、味の良さももちろんだけど、その盛り付けに感動した。何か、彼女の情熱みたいなものが込もっている感じがして。
食べ終わってお金を払うとき、彼女に
「とても美味しかったし、見た目も素晴らしく綺麗だったよ。」
と伝えると、彼女は可愛くはにかんだ。
汗をふきふき店を出る。気温がぐんぐん上がっていくのが感じられる。
朝から何より美味しいものを食べられたな。
さぁ今日も、楽しい一日になりそうだ。